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[RCCドラムスクール特別企画]

日本音楽界の至宝・猪俣猛と、スタジオ・ミュージシャンとして超多忙を極めた3人の名ドラマーが45年ぶりの再会!

“ネム音楽院”師弟座談会

Scene4

RCCドラム教室特別企画

[RCC特別企画]ネム音楽院師弟座談会

《Scene4》

“何十年やってきてもまだわからない。
だからいいんだよ、音楽って”──情熱と向上心

《Scene4》

“何十年やってきてもまだわからない。
だからいいんだよ、音楽って”──情熱と向上心

──みなさんが習っていた時期って、猪俣先生がちょうどロックを始めた頃ですか?

猪俣:そうだね。

岡本:ロックを取り入れていた人っていったら猪俣さんしかいなかったから。だから、ポップスのスタジオ仕事は全部猪俣さんに行くっていう。

猪俣:BS&Tのボビー・コロンビーを聴いて「これは、両方いける」と思ったもん。彼はジャズもバッチリできたから。

宮崎:そうなんだ……じゃあ当時俺たちは、ロックに転向するのに練習してた猪俣さんを見てるんだ。

岡本:だってあの頃、ビリー・コブハムが出てきたときに、猪俣さん、「これもいかなアカン」ってやってましたもんね。

(ここで、ビジュアルブック『猪俣猛60周年コンサート I LOVE MUSIC』25ページのTBS“ヤング720”の写真を見ながら──)


瀧本:僕らにとっての猪俣さんって、こういうイメージなんだよね。

猪俣:(猪俣さんは24ページを見て──)このバンドは良かったよ。渡辺明とエンバース・ファイブ。三保敬太郎とかがいてね。この写真は俺が初めて東京に出てきたときだね。このときはハナ肇さんが来てくれて、「キミ、なかなかセンスあるね。上手いね」なんてえらい褒められて。ハナさんは「俺もそろそろ別のバンド作るんだ」なんて言ってて、それがクレイジー・キャッツだよ。ハナさんは当時、モダン・ジャズ・ドラマーとして名が出かかってきた頃じゃないかな。

瀧本:猪俣さん、“シミキンさん”ってドラマーご存知ですか? 植木等さんと一緒にやってたっていう。ハワイアンをずっとやっていた方らしくて、スティックよりもブラシがすごい人って言われてて、僕がネム音に入る前に「ブラシってどうやるんですか?」って訪ねて行ったことがあって。

猪俣:シミキンさん(清水 閏/シミズジュン/1928-2003)ね。我々の業界でシミキンさんって言ったら、かなり上の方の人。すっごい良いドラムだよ。シミキンさんの音源はレコードで残ってるはずだよ。キングレコードから毎年1枚出てた、『スイングジャーナル』のオールスターズに選ばれた人が演る『スイングジャーナル・オールスターズ』っていうアルバム。

瀧本:そんなすごい人だったんですね。そのときは実際教えてもらってもわからなかったですけどね。

──みなさん、教えてもらいたいことは、ご本人を直接訪ねて行くんですね。猪俣さんもアメリカまで行ってアラン・ドーソンを直接訪ねたり。


瀧本:もうそれしか方法がないから。誰の門を叩けばいいか?みたいな。

宮崎:僕はあまり訪ねていくって感じじゃなかったな。ネム音楽院に出逢って、そこで基礎を習って。

岡本:YouTubeもないから、それこそレコードの溝がなくなるくらい聴いてっていう時代だもんね。

瀧本:俺はネム音以外にも、いろんな人に習ったけど、中学のときに、みんな言うことが若干違うなってことがわかったのね。それでいろんな人の意見を聞いて自分でまとめてみて、自分がやりたいことってこれかな? あれかな?って考えてた。その中でも猪俣さんから吸収したことが一番多かった。

宮崎:僕はネム音楽院1本しかなかったけど、例えばパラディドル1つ習っても、アクセントの位置を変えたりとか、16分を3連でとったりとか、基礎練習を発展させて“こうやったらどうなるだろう?”っていろいろ研究していくような方向に、俺は向いていったの。だから、瀧本とやり方は違うんだけど、“研究していく”っていう系統は似てるかもね。

猪俣:俺は「パラディドルやれ」とか言ったことは1回もないと思うんだ。シングルとダブルができればそれで十分で、あとは勝手にできるようになるから。“パラディドル”をやってたら、結局そっち(“パラディドル”をやること)に絞られちゃって、さっき言った通りだけど、技術ばっかりで“センス”がなくなっちゃうんだよね。

瀧本:そのパズルを組み合わせるだけ、みたいになっていっちゃうドラムが一番つまらない。

岡本:アクセントをすべて右手に持っていきたかったら、パラディドルを自然にやってるわけだから。

猪俣:自然にやってるんだよな。

岡本:俺、プロになったときに、向こうのプロがみんな──スティーヴ・ガッドもデイヴ・ウェックルもみんなが影響を受けてるっていうすごいドラムの先生が来日するから行けって言われて観に言ったわけ。その場でその人の教則本も買って。で、その人がすぐ目の前で叩いてるんだけど、すごいことやりすぎてて、もうヘタクソに聴こえるのよ(笑)。あとで教則本を見たら、要するに、4way全部バラバラにコントロールしてて、1つ1つが何をやってるかはわかるんだけど、実際の演奏は何をやってるかわからない(笑)。

瀧本:音楽じゃないんだよね。

岡本:でも、みんなそれを勉強して、そこから自分に取り入れて、自分のドラミングを確立してるわけ。

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TBS  ヤング720より

猪俣:俺は(フランク)シナトラの伴奏をしたくて、ずーっと頑張ってきたんだよ。シナトラが大好きで、日本に来たときに「100万円渡すから伴奏させてくれ」って言ったらダメだって(笑)。

岡本:すごいですね、その話(笑)。

猪俣:シナトラって、俺にとっては憧れの人で、ああいう生意気な男で、カッコ良くて、女たらしで、マフィアのボス的なところもあって、それでいてどこかすごく弱いところもあるからね。ちょうど「マイ・ウェイ」が当たったときかな。娘と2人でラスベガスにシナトラを観に行ったときに、俺がボロボロ泣いてたら、娘が「パパ、なんで泣いてるの?」って(笑)。だって、そこで歌ってるんだからね。「いや、わかんない、涙が出ちゃうんだよ」って。

瀧本:そういう情熱ですよね。僕らの時代にもまだまだそういう部分があったのかもしれないですね。誰かから情報を聞いて、門を叩いたり、レコードを探し回ったり、そのレコードを擦り切れるまで聴いたり、そういう労力が良かったんでしょうね、きっと。

岡本:僕も芳野藤丸のレコーディングについて行ってロスに行ったとき、いろんなライブハウスに行ったんだけど、たまたまベイクドポテトに“カリズマ”が出るっていうんで観に行ったのね。そのときドラマーはカルロス・ヴェガだったんだけど、その日はチェンジでヴィニー(カリウタ)が来たのよ。日本でヴィニーが話題になる20年くらい前。そのときはレギュラー・グリップじゃなくてマッチドで、ものすごい長髪でキメまくって演ってたけど、それを見たとき、初めて“なんか違うもの”を見ちゃったっていう感じで、「こらアカンわ」って、初めてドラム辞めようと思った(笑)。全部インプロヴィゼーションだから、何やってるかわからないんだけど、ソロは全部理に適ってるわけ。で、次の日はカルロス・ヴェガだったの。バンドの中にきっちり入って素晴らしいんだけど、面白くないわけ……ヴィニーが入ったときのバンドを観ちゃってるから。しかも、他のメンバーの顔も全然違ったしね……ヴィニーが入ったときの演奏が楽しかったんだろうね。あれを見たとき「あ、こういうことなんだ!」と。あと、何がすごいって、テクニックはもちろんだけど、耳がすごかった。誰かが演奏しているときの耳がすごすぎて、すべてに反応できるんだろうね。何やってるのかわからないんだけど、意味があるんだよ。で、日本に帰ってきてその話をギターの先輩にしたら、「岡本、アイツは3歳のときからナントカで、お前はお前でやればいいんだよ」って言ってくれたから、今でもプロでやれてるっていう(笑)。

瀧本:反応できる耳と感性と、それを表現するテクニック、そのバランスだよね。

岡本:猪俣さんもソレなんだよ。外国でエグいドラマーを見たとき「あ、猪俣さんみたいだな」と思ったから。音楽の捉え方が。「やっぱりソコやな」と思った。

瀧本:エグいのも良いけど、岡本は岡本なんだから。

岡本:それはわかってるんだけど、ちょっとカジりたいやん(笑)。少しはやってみたいわけよ。

宮崎:それはある……カジりたいっていう。今も“エグい”のいっぱいいるよ! 俺はもともと高校のときにジョン・ボーナムにヤラれたけど、最近その当時と同じくらいヤラれたのがマーク・ジュリアナ(1980-)とクリス・デイヴ(1973-)。スネアの上に小さいシンバル置いて、そのシンバルも叩きながらとか、もうとにかく発想が自由なんだよ。リズムの捉え方の自由さ、あれはもう衝撃だった。

瀧本:流動的なんだけど、必ずそのパッケージにハマるようなフレージングなんだよね。

宮崎:そう、ちゃんと計算されてるんだよ。

瀧本:西アフリカの音楽のソリストがああいうタイムの取り方するんだよ。

渡辺明.jpg

渡辺明とエンバース・ファイブ


──ある意味、猪俣先生の“生演奏”の時代から始まって、80年代、90年代のデジタル全盛があり、今またクリス・デイヴたちの世代でまたちょっとアウトしてきたというか、譜面に表せない音楽とかタイミングを操り出したっていうのが、また面白いですよね。音色とか楽器のチョイスという点でも、ヴィンテージじゃなくても、こんな音でやっちゃうんだ!っていうものがあったり。

宮崎:そうそうそう。

瀧本:ある意味、昔の感覚で言えば“チープ”なんだけど。

──そうですよね。オンマイクが似合わないというか、オーバートップだけで録ってるような音で。宮崎さんの世代の方がそういう音楽にアンテナを張って聴いてカッコ良いと思うっていうのは、さっきの話ではないですけど、向上心なんですよね。


宮崎:今までにまったくいないタイプだからこそ、面白いんだよね。また今そういう系統のドラマーっていっぱい出てきてるから。

猪俣:そういうミュージシャンが出てくるっていうのは、やっぱりミュージシャン自体が増えてるからなのかな。我々が知ってるのは、ジーン・クルーパとかバディ・リッチとか、そんなにいないじゃない。チャーリー・パーカー系か白人系か、とか、大きく2つに分かれるくらいしかなかった。でも、譜面が読めて演奏もちゃんとしてるヤツはロサンゼルスに来て、譜面が読めなくてアドリブがうまいのはみんなニューヨークに残ったりという移動はあったけど。今は、ミュージシャン自体がものすごく多くなったのか、情報が多くなったから早く耳に入るようになったのか、どっちなのかな。

──サンプリングでヒップホップ・トラックを作る人も、ある意味ミュージシャンですし、そうやって自在に作られたビートや音色を、逆に人間が再現するということで新たなものが生まれたり、それをジャズに取り込む人も現れたり、という今の流れでは“ミュージシャン”自体も激増しているのかもしれませんね。一方で、我々が知らないだけで、世界中に太古の昔から存在している音楽やそれを演奏するミュージシャンはゴマンといて、猪俣さんがおっしゃるように、そういう情報が入るようになったことによって、それらのクロスカルチャーが今もどんどん生まれてきているということなんでしょうか。


瀧本:ただ、情報が多いがために、そこから自分が何をチョイスするかっていう“自分”がないとカオスになっちゃうんですよ。そういう意味では、情報ばっかりが流れてくる今の若い子は大変だなって思う。僕らは、運良く猪俣先生に出逢うことができ、教えてもらい、否応なく自分で情報を探すことをして、プロになり、蓄積がだいぶできてきた今、YouTubeで情報を得られるっていうのは、本当にありがたいけどね。蓄積したものと照らし合わせたり、自分にこういう“隙間”があるから、ちょっとこういうものを採り入れてみようか、ってことができるから。

猪俣:これからもメディアの時代だから、否応なしに入ってくる情報に対して選択する能力がどれだけ自分にあるか?ってことだよね。「これは俺に向いてない」とかスパッと捨てられればいいけど、それを捨てると友達が「今、それ流行ってるのに」とかね(笑)。

瀧本:やっぱり、自分は何が好きなのか?だよね。

猪俣:うちも孫を見てるとよくわかるもん。7歳だけど、すでにそういう世界に入りつつあるからね。

瀧本:ある生徒で「先生、もっと手っ取り早く上手くなる方法ってないんですか?」っていうバカたれがいて(笑)、「それはない! 君が何時間練習に費やしたか、それ以外には何もないんだよ」って言ったんだけど。僕らは情報を得るために足を使ったりお金を貯めたりエネルギーを使ってるじゃないですか。そのエネルギーを費やして情熱を向けるということが、今に繋がってると思う。

──今、テニスでもゴルフでも、囲碁でも将棋でも、“天才”少年少女がいっぱいいるじゃないですか。彼らは、我々の世代がそうやって時間やエネルギーをかけて得たものを、最初からいろいろわかっちゃってるという感じもします。ドラムも、恐ろしい勢いで吸収している若い子がいっぱい出てくる、そういう時代になってきたんだなと。


瀧本:音楽には、勝つか負けるかではない、その人にしか出せない“味”がある。そこが僕は好きですね。

猪俣:いや、でももう音楽も勝つか負けるかの時代に入ってきたよ。マスコミがそうさせちゃうんだよ。

──猪俣先生は、ジーン・クルーパがすごい!というところから始まりましたが、例えばスティーヴ・ガッドやハーヴィー・メイソンが出てきたときに、どういう感覚でしたか? 例えば拒絶したいとか、そういう気持ちもあったんでしょうか?


猪俣:いや、それはないな。むしろ吸収したいなと思った。

──猪俣先生はそうですよね。逆に、ジーン・クルーパが大好きな人がスティーヴ・ガッドを聴いたときに、「いや、俺はジーン・クルーパ命だから、こんなのどうしようもないよ」って思う人もたくさんいたと思いますけど、そういう人と、新しい人が出てくると吸収したい!と思う人では、ものすごい差になってくると思うんですよね。


猪俣:ひと言、言うと、ジーン・クルーパってヘタだよ。あんなヘタなタイコ珍しい。でも、カッコいいんだよ。ジーン・クルーパとバディ・リッチの競演の映像も音源もあるけど、あれ観てると「バディ!!」「ジーン!!」って歓声も、クルーパの方が大きい。(演奏は)ヘタすると日本太鼓に近いような感じで、どう見ても完全に負けちゃってるんだけどね。でも、あれは面白いよ。2人は、あの時代の代表的な名ドラマーだからね。

瀧本:今、超絶なテクニックのドラマーはいっぱいいるけど、やっぱり、クリス・デイヴもそうだけど、カッコいいんだよ。

岡本:お金を払って観に来るっていうのは、上手さとかテクニックだけじゃなくて、“感動”とかトータル的なものなんだよね、音楽は。

瀧本:もちろんテクニックはあって無駄になるものでは絶対にないけど、それを出していく“感性”とか“引き出し”を持ってないと、音楽にとっては何の意味もないんだよね。

猪俣:バディ・リッチも、目の前で見たとき彼はハンパじゃない男だと思った。でも、あのメカっぽい感じはどうも魅力を感じないんだ。ジーン・クルーパとは対照的だよね。

瀧本:僕も、どっちかと言うとトニー・ウィリアムスよりエルヴィン・ジョーンズが好きだもんなぁ。

猪俣:エルヴィンはいいよね。やっぱり俺は、フィリー・ジョー・ジョーンズが渋くて一番いいな。あと、チック・ウェッブ。とにかくドライブ感がすごい。

──猪俣先生にとって、当時、情報といったら、ただレコードが入ってくるということだけだったんですか?

猪俣:うん、それだけしかなかったから。そこから「こうやって叩いてるんだろうな」って想像するから良かったんだよね。

瀧本:僕も自分の演奏を必ず録画してチェックしてますけど、ドラマーって、明確に“動き”で自分の良いところ、悪いところがわかるじゃないですか。だから、その都度見直すと、ここがすごく上達してるとか、ここの動きが硬いなとか、そういう情報がものすごくインプットされますよね。だから映像って、自分を見つめるのにはすごくいいかもしれない。

──そうですよね。かなり自分が思ったのとはギャップがあることがありますよね。自分ってこんなだったのか?って(笑)。


瀧本:なぜこれができないのか?ってことが、映像を見てわかったりね。すごく客観的になる。

猪俣:そんなものにあまり頼らない方がいいよ(笑)。

瀧本:(笑)。今はそういう“欠点潰し”が楽しいんですよ。

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Steve Gadd(右)

──また話が何度も戻っちゃいますけど(笑)、そういう“向上心”って、今日の座談会のすごく良いキーワードなんじゃないかなと思います。

瀧本:先生くらいになればね。僕らなんかはまだ若干“青い”ですから(笑)。

猪俣:いやいや~わかんないよ、音楽ってのは。70年演ってても全然わかんないもん。

宮崎:僕も64歳になりますけど、わかんないです、まだ。

猪俣:なぁ! だから良いんだよね、音楽って。

──謎は深まるばかりですか?


猪俣:謎っていうか……なんだろうなぁ?っていう。やっぱり一番良い年代っていうのは、40を境に前後だね。いろんな人の残ってる音源を聴いても、その時期が一番脂が乗ってて。で、だんだん“上手いんだけど枯れて”くるんだよ。無駄はなくなってくる。昔はそこにもうちょっとトゲがあったのが、それがなくなってくる(笑)。でも、トゲがあるから魅力があるんだよ。

──“粗削り”とはまた違うんですか?


猪俣:粗削りとはちょっと違うよね。

宮崎:ある程度の技術はあるから、それが歳を取ってくると自然に出てくる。自然には出てくるんだけど、そこには収まりたくないっていう気持ちが自分の中にあるんですよ。やっぱりそこからもっと行きたい!みたいな。

猪俣:そう、もっと前に行きたいもんね。

岡本:守りに入りたくないっていう。

宮崎:それをやりつつも、トゲがなくなっていくならしょうがないんだけど。

瀧本:今、僕は“そういう自分がなくなっていくと嫌だよね”っていう部分を理解し合える同士でトリオを組んでるんですよ。そういう共通理解がないと「瀧本、何やってんだよ」ってことになりかねないから。

猪俣:俺はオリジナルをやるっていうのは大反対なの。そんなもんできっこないんだから。お尻が青いのに。名曲がいっぱいあるから、クラシックでもジャズでも、ほとんど向こうの演奏家は、名作曲家の作品を今だにずぅっとやってるわけじゃない? でも日本人っていうのは、奇を衒いたがる性質があるから、そういうのに限ってすぐペシャンと潰れちゃう。ジャズだってもう120年の歴史があって、それが完全にわかってるんだからね。日本はまだそのうちの半分。とはいえ、極端に言うと、ジャズってアメリカと日本だけだよね。

瀧本:ヨーロッパでも一部ですよね。ドイツとフランスは聴くけど、そんなには聴かない。

宮崎:ヨーロッパのジャズもあるけど、そうでもないんですか?

猪俣:やっぱりクラシックに近いよね。音楽形態がそうなってるんじゃないかな。16小節あってサビがあって、また8つあって……っていう形式っていうのは、わりと少ないんじゃない? まぁジャズっていうのはアメリカだからこそ生まれた音楽だよね。あんないい加減な、ちゃらんぽらんな音楽(笑)。良い意味でね。あんな簡単な形式の中に、ものすごく凝縮されてて「あとは、お前たち勝手にやれ」っていう(笑)。

岡本:(笑)。「勝手にやれ!」だから大変なんだですよね。それだけ引き出しを用意しなきゃいけないわけだから。

猪俣:で、良い/悪いを判断するのは聴く側なわけで、良いって言われる絶対数が多いものはやっぱり良いんだよね。でも、「これ良いよ」って言われても、それほど多くの人にアピールしてなかったら、やっぱりあまり良い音楽じゃないんだよね。人間と同じだよ!「あいつは個性が強くて嫌だよ」とかあるじゃない。だから俺なんて良いだろ?

全員:ハッハッハッハ!!!


猪俣:そういうもんだよ。

瀧本:日本は今、ジャズが60~70年の歴史だけど、これから若い人たちが“ジャパニーズ・スタイル”のジャズをクリエイトしてくれたら嬉しいね。そのためにも、僕らも今できることをやっていかなきゃいけないよね。

 

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